ito

私が天から産み落とされたとき、

私の頭上に一本の糸が垂れていました。

私は、はるか頭上にその糸を伝ってうごめく影を見とめました。

私はその糸に宿命を覚えました。

その糸の行き着く先、天、に私の幸せがあるのです。

誰よりも速く、誰よりも高く、その糸を昇りたい。

私は欲求を抑え、勉強に励みます。

わたしは知識を身につけます。

能率的、効果的に昇るため。

無駄は省かなければなりません。

邪魔は排除しなければなりません。

私は運動をします。

体力をつけます。

速く、長く、強く、昇るため、熱中します。

私の準備が整います。

私は糸を昇り始めます。

私の頭上に沢山の人がいます。

教養を身につけていない人々です。

昇り方を知りません。

私は軽々抜き去ります。

糸と格闘している人がいます。

私は糸に絡まるその人を足場に昇り進みます。

休んでいる人がいます。疲れているのでしょう。

話しかけてきます。

私は振り切り、昇り続けます。

邪魔者が現れます。

私は蹴落とします。

私は容赦しません。

幸福は私のものです。

天は私のものです。

私は昇ります

己を。

私は蹴落とします

他を。

私は昇ります。

私は昇り続けます。

何百という人を蹴落とします。

何千、何万という時が流れます。

私はもがきます。

私は泣きます。

私は叫びます。

着きません

天に。

届きません

幸せに。

私の体が止まります。

私の内側からため息が漏れます。

見渡す限り誰もいません。

私は誰よりも高く昇ったのでしょうか?

私は幸せを手に入れたのでしょうか?

私は止まり続けます。

人が昇ってきます。

私は蹴り落とそうとします。

私は思いとどまります。

彼は笑っています。

私は糸をまた昇り始めます。

彼もついてきます。

私はいつでも彼を蹴落とすことができます。

彼は笑っています。

不思議なことに私の疲れが消えます。

彼の笑顔が吸い込みます。

私の汗を、血を、涙を。

私は昇ります。

糸を。

私は眺めます。

彼の笑顔を。

光が差し込みます。

私は辿り着きます。

私は振り返ります。

彼がいます。

私の手が彼の手に一瞬、触れます。

彼は、落ちていきます。

天から地へ。

彼は自らの手で糸を放しました。

笑顔を残して。

私は気づきます。

知ります。

彼の笑顔を。

笑顔の意味を。

あなたは悲しかったのですね。

あなたは絶望していたのですね。

あなたは私を救いました。

私はあなたを。

私は知ります。

幸せを。

天を。

糸が切れます。

 

 

 

 

 

個展 『糸』

オンラインエキシビション

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